ありがとう、場面緘黙症。

元場面緘黙症の25歳。たまに過去を振り返りながら、現在の生活を綴っています。

2017.06.09.Fri

私の緘黙の原因って?

突然変なことを言いますけど、
私は子供の頃から自分のことを好いてくれる人が嫌いでした。

かといって、自分のことを嫌ってくる人が好きなわけでもなく、
そういう人のことはもっと嫌いでした。

どういう人が好きかというと、
誰にでも分け隔てなく、明るく優しく接している人が好きでした。

また、別に優しくなくても、その人にとって大勢の中のひとりで、
どうでもいい存在であれば気が楽でした。一番都合がいいのは無関心な人。

誰かに好かれる・嫌われる、
ということはある種の特別な感情を持たれるということです。
特別な感情を持たれるということは、
それだけ相手にとって自分の存在が大きくなり、
気にかけられる=注目される、に近いことだと思います。


カウンセリングに通っていた頃、
カウンセラーさんに分析して頂いた心理なのですが…。
私は三人姉妹の真ん中に生まれ、
上からは抑え付けられ、下からは持ち上げられる、
という人間関係の中で育ってきたんですよね。

親に何か褒めてもらった時でも、
「そんなのたいしたことない。自分はこんなに偉いことをしている」
と、姉から水を差されることが多々ありました。

また、妹と何気なく話していると、
「どうせ私は〇〇(ネガティブな言葉)ですよ}と返されることもありました。

そして、たとえ姉妹喧嘩をしても、
親は私の言い分は聞いてくれませんでした。
なんかもう、一方的に「あんたが悪い」みたいな感じで。

そうした環境で育ち、
”自分を守るために自分を小さく見せようとした”
そのために話せなくなってしまった…
というのが、カウンセラーさんの見解でした。
この説明はすごくしっくりきました。


無意識のうちに、
自分の存在を小さく見せる、無くそうとしている私にとって、
誰かに好かれる・嫌われるということは、
自分に注目されてしまうことであって、
それはもしかしたらものすごい恐怖だったのかもしれません。

今は対人スキルが少し上がって、
喋ったり自己主張したりすることで、自分を守ることもできるようになりました。
それでも、人に好かれるのはまだ苦手です。

「ああ私は一生ひとりかもしれないな」と考えるときもあります。
最近は「それでもいい、いやそれがいい」と思えてしまったりもします。
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