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ありがとう、場面緘黙症。

元場面緘黙症の社会人。たまに過去を振り返りながら、現在の生活を綴っています。

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二十代後半へ…  

昨日誕生日を迎え、26歳になりました。
いよいよ20代後半へ突入です…。
子どもの頃とか、10代の頃に思い描いた自分とは違う…。

喋れなかったのに、
なぜか普通に就職して結婚しているものだと考えていました。
できると思っていたわけではなくて、
そういう”普通”しか知らない無知さがありました。

26歳の女性としては、まだまだ幼い面もあると思います。
もっと大人っぽい女性になっていたかったなーとも思う。

歳をとるのを嫌がる人もいるけれど、
私はそういう人間にはなりたくない。

女性って結構、「お誕生日おめでとう」と言ってもらっても、
「歳ばかりとって嫌になるわぁ」と愚痴になる人が多いと思うんです。

でも、尊敬している年配の先生が、
みんなからお誕生日を祝福されたとき。
「まあ、ありがとう!」
と、いつものように明るい笑顔で応えていました。

ほんとうに素敵だなぁ…と思ったんです。
仕事ではたくさん努力をして、趣味も大いに楽しんできた人です。
年齢にふさわしい経験を重ねているから、
気持ちよく誕生日を迎えられるのだろうなと感じました。

私もこんな女性になりたい!とずっと憧れています。

25歳はずっと挑戦したかった一人暮らしと正社員に踏み出せました。
だから少しだけ、胸を張れます。

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緘黙への気持ち~ブログタイトルの由来~  

過去の記事をすべて非公開にしました。

心機一転したいと思う時にはついブログ整理をしてしまいます。
前はブログタイトルも一緒に変えたものですが、
まだしばらくは『ありがとう、場面緘黙症。』のままで。

このブログタイトルにしてから3年くらいになりますが、
緘黙に対する私の気持ちは変わらず、
「ありがとう」のままでした。

緘黙の症状のせいでさんざん辛い目に遭って、
今でも苦しんでいるのに、おかしいですよね。

でも、やっぱり「ありがとう」と思うんです。

きっと緘黙の症状は、
私を守ろうとして現れたものだから。

喋れないことで嫌な思いもしたし、不利益もありました。
でも今思うのは、
喋っていたらもっと苦しい思いをしていただろうな…ということ。

言葉を発する・意思を示すという行為をすると、
傷つけられる可能性がある環境に身を置いていたかな、と今では思います。

それなら喋れなくなるのも無理はないし、
緘黙という症状は生き延びるための、
幼いながらの必死の策だったのかもしれません。

そう考えると緘黙は、邪魔なだけの症状では決してなくて。
一緒に寄り添い、共に人生を耐え抜いてきてくれた鎧だったのでないか。
…という考えに至りました。

だから「ありがとう」と思う。
そして、もういいんだよ、大丈夫だよ・・・と伝えたい。

そういった気持ちから、このブログタイトルを付けました。

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