愛情って?

2018/06/05
おいしいものを食べた時、

「家族にも食べさせてあげたい」

と思います。

ふと気付いたのですが、
こういうささやかな気持ちを愛情と呼ぶのではないかと思います。


実家で暮らしていた頃の話です。

祖母が通院の帰り、
付き添っていた母と外食で天丼を食べたそうです。

「おいしかった~。
香奈ちゃんにも食べさせてあげたいわ。」

と言っていたと聞きました。


祖母は3人いる孫の中で、
私が一番かわいいと母に言っていたそうです。
札幌に越してくるとき、こっそりと教えてくれました。

「どこかに出かけた時、
食べられないものが多い自分にも、
いつも別のお土産を買ってきてくれる。
香奈ちゃんはかわいいだ~。」

と言って、
一人暮らしを始める私にお金を渡したいと、
母に相談をしたらしく…。
妹の結婚と時期が重なったのですが、
「かわいいから」と私には2倍の金額を包んでくれたそうです。

「いままでしてきたことが、
何倍にもなって返ってきたね」

と母に言われました。


帰省すると今でも祖母は、
「これで何かおいしいものを食べなさい」
と1万円札をこっそり渡してくれます。

やっとひとり立ちしたのに、
まだまだ心配をかけてばかりで、
何もしてあげられない状況が悲しい。

本当は、私がなにか美味しいものをご馳走してあげたい。
でも、就職できた会社は給与が低く、
生活は結構カツカツ…。
逆に両親が遊びに来たとき、ご飯を食べさせてもらっています。

いつまでも甘えてごめんねと、心の中で謝っております。

せめて3年後くらいには、
親孝行できるくらいの収入を得られるようになりたい。

次はちゃんと納得できるところに転職しよう。
そのために、今は修行の時として、自分を磨いていきたい。
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大事にされない子?

2017/02/13
先ほど、銀行からのお知らせハガキをポストから取り出して、
思い出したことがあります。

確か小学校3年生か4年生の頃の話です。

「火災保険、香奈の貯金から払ったから~」

そう母に告げられたのです。
私はなんと返事したのだったか…。
「うん」と言ったのか、「ふーん」と流したのか。
その場では普通にしていたのは間違いありません。

自分の部屋に戻ると、急に悲しくなったのです。
涙が出てきて、
でもそんな姿を親に見つかってはいけないと思い、
ひとり部屋なのに机の下に隠れて泣きました。

結局泣き声で母に気付かれ、
普段はほったらかしの父までも顔を見せました。

「ごめんね、今お金ないから香奈の貯金を借りちゃったんだ。
ちゃんと返すよ。」

父にそう言い聞かされたのをなんとなく覚えています。

私が傷ついたのは、お金を取られたとかそんな問題ではありません。

本当にお金がないのなら、
たとえ返してもらえなくたって、私の貯金から取ってよかった。
養ってもらっているのだからそこで文句を言うつもりはない。

ただ、なんで私なんだろう??

姉と妹もいる。
姉は小学6年生だけど、
田舎だから普通に公立に進むし、塾代だってかかっていない。
貯金の額で言えば、年長者の姉の方が沢山あるのではないか?

3人いる中で、なんで私を選んだんだろう?

「コイツのならいいや」

そう思われて、そう扱われているのだと、
子供心に感じてしまった。
日頃は隠れて見えない影が、表面化してしまった、
私にとってはそういう出来事だったのです。


今考えると、
当時の私からは見えない事情などがあったのかもしれませんが、
そもそも親子関係の築き方が歪だったため、
あれほどショックを受けて傷ついたんだろうなぁと思っています。
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新境地

2016/07/19
15日の夜に帰ってきました。
コンサートは母がとても喜んでくれたし、
私も元気をもらえたので行けて良かったです^^

思えば、母と2人で旅行するのは初めてのことでした。
色々見て回ったりして楽しくもあったけど、
一人でいるより疲れてしまった部分もあります。

母と私には親子で性格の不一致があります。

母から見れば、私は周りの目を気にしすぎみたいです。
私から見れば、母の言動が少し常識から外れているように感じてしまう時があります。

一緒に行動していると、不安や恥ずかしさが付きまとうことも…。
母の言動によって恥ずかしい思いをした結果、周りの目を気にするようになったのか?
私の元々の気質が恥ずかしいという感情を起こしているだけなのか?
分からないし、決められることではないように思います。

「この人の言うことに従って大丈夫だろうか?」
と、小さい頃から無意識に感じていたような気がします。

「母がもう少ししっかりしてくれていれば」
高校生くらいから、自覚し始めた気持ちです。

「もうイヤだ、生まれてこなければよかった。
こんなにお互いに合わなくて辛いのなら、私はいない方がよかった」

考え方や感じ方のズレで心を痛め、そう思ってきました。
でも、それは間違っていたのだと気付きました。

お互いに学びあうため、補いあうために、
私は母の元に生まれたのではないのかと。

小学生の頃、
「周りを気にしすぎ!」
と母に叱られました。
社会人生活を送る今、周りを見ることは決して悪いことではないと知りました。

ですが母が間違っているということではなく、
母も母なりの経験やさじ加減で、線引きをしているのかもしれません。

感じ方が違う、考え方が違う人と付き合うことは、
色々な良さに気付くきっかけにもなり、
受け入れる幅を広げることにもなると思うのです。
感覚にズレがある家族を持つと確かに大変ですが、
その分、気付く機会を与えられたということなのかもしれません。

以前は心の奥で親を責めている自分がいました。
最近は、「親は完ぺきじゃないんだ」と、
スッと心に染み入るように分かるようになりました。

完ぺきな親が良い子を育てるということはなく、
親もまた欠けた所のある普通の人間。
きっと人生最期の時まで、誰もが学ぶべきことがあって、
親も子供も成長していくものなのだと思います。

このような境地に至るまで、かなり長い時間がかかりました。

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緘黙の頃の思い出:ある日の食卓

2016/06/08
久しぶりに緘黙時代の事でも書こうかと…。

私は緘黙だった頃、父とも話ができませんでした。
幼稚園の時の話です。

朝食の時間、
私はコップに水をくみ、自分の席まで持っていこうとしていました。
その途中で、少し水がこぼれてしまったのです。

父が、「おい!」と言いました。

それだけで涙目です(笑)

押し黙って泣きそうな私を見て、
父が「えっ、今のでなんで泣くの?」みたいな反応をしていました。

父からしてみればちょっと注意しただけで、
怒ったつもりはなかったのかもしれません。

ですが幼い私にとってはすごく怖くて、
「怒られた、どうしよう」と感じたのだと思います。

大人になった今でもこの場面はすごく良く覚えていて、
自分が使っていたコップや食卓の風景を鮮明に思い出せます。

小さい頃はとにかく父が怖くて仕方なかったですね。
今は私も結構強くなって「イラッ」とする方向に変ってますが(笑)
こんなダメな娘でも見捨てないでくれているので、
「やっぱり親って偉大だな」と思います。感謝してもしきれません…。

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家庭崩壊の危機

2016/04/27
転職活動、なかなか思うように進んでいません。
地元を離れて一人暮らしをしようと決めたのですが、すごく不安になってしまい…。
冬の間は情緒不安定で涙が止まらないような状態でした。
3月に一社応募したのですが、書類選考落ち^^;

最近やっと落ち着いてきて、
応募書類や面積の準備を再びはじめ、振り返り・自己分析をしています。
途中、仕事とは関係のない家庭でのこと、学校でのことを思い出します。

カウンセリングで、
『傷を癒すには過去を振り返り、表現することが必要』
と教わったので、合間を縫って書いていきたいと思います。
思い出した順なので、時系列はバラバラです。

*長いです

私の父は、浮気をしたことがあります。
私が中学1年生を終える頃だったと思います。

夜中、母が父に向って泣きながら怒鳴り、家を出ていきました。

以前から父と母の様子がおかしかったんです。
父は夜中の1時2時に車で出かけ、母は父の携帯を盗み見ていました。

でも浮気していると気付いたのは、母が出て行った後でした。
まさか自分の家庭に降りかかるとは思ってもみなかったから。

泣き叫ぶ母の姿を見て、
「ああ、お母さんはお父さんを好きだったんだ。愛していたんだ。」
と初めて感じた。

この浮気事件の前も、その後も、我が家は亭主関白です。
我儘で口の悪い父を中心とした家庭でした。
母はどうしてこんな人と結婚したのだろうとずっと不思議でした。

両親は離婚するのだろうか?
私たち姉妹はどちらに引き取られるのだろう?
選ぶとしたらどちらにすべきか?
考えておかなきゃと思ったけど、どこか他人事でした。

選べないと思ったんです。
どちらも私の家族ではない気がしたから。

緘黙時代の私は父とは話せませんでした。
なので、父と暮らすことになれば生活に大きな支障があるかもしれない。
話せるのも母、頼れるのも母でした。
でも、母は私が一緒にいることを喜ばないだろうと思いました。
父は私に無関心だから、いてもいなくても、どうでもいいだろうなと思いました。

翌日の3時過ぎ…私は昼寝をしていました。日曜日だったのかも。
父が部屋に来て、浮気をしていたことを告白されました。

相手の女性は自殺願望を持っているそうです。
当時の私はずっと死にたいと思っていました。
夏休みが終わる頃、薬を何錠も飲み、意識が朦朧として眠りました。
首を吊るためにネクタイを買ったこともありました。

「知らない女の人の面倒はよく見るのに、
私がずっと死にたがっていることには気付いてくれないんだ」

そう思ったんです。

「お父さんのこと嫌いになった?」

と聞かれました。
私は「ううん」と首を横に振りました。
優しい子供を演じればいいと思ったから。でも嘘はついていない。
父は「ありがとう」と言いました。


違うんです。


本当は、元々好きじゃなかっただけなんです。
ただただ怖い存在でした。
あまり話さなかったし、
たまに構ってきたと思ったら否定するようなことを言われていたから。
父の良い面を知る機会が、全然なかったのです。

母は出て行った日の翌日の夕方には帰ってきて、
いつもと変わらず夕食を作りました。
そして何もなかったかのように、以前と同じ生活が戻ってきました。


あの浮気相手の女性が、本当に憎かったんです。
中学生の私は死にたくてもひとりで耐えているのに。
27歳の女性…いい年して何をやっているんだろうと怒りを感じました。

自殺願望を盾に人の気を引こうとする態度が許せなかった。
他人の家庭を滅茶苦茶に引っ掻き回すことを何とも思わない自己愛に吐き気がしました。

精神が病的になりながらも堕落せずにいられたのは、
あの女性と同じようになってはいけないと思ったからでもあるのでしょう。

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